パリ・パレ・デ・コングレのアコルデオン・フェスティバルの打ち上げパーティで
アコルデオンの神様の様なマダム・イヴェツト・オルネにハグされ
両頬にキスされて舞い上がった私でしたが、
この時シャルトル・アコルデオン・フェスティバルの主催者マダム・クロディヌ・オゥシェから
翌年のシャルトル・フェスティバルに出演依頼されたのですが
私が出る幕でないとお断りしてcobaさんを推薦しました、
その後の交渉でcobaさんのスケジュールの都合で実現せず、
その頃フランスでジョエ・ロッシ先生に師事していた伊東浩子さんと
師匠のジョエ・ロッシ先生の出演が1991年に実現しました。
1991年5月大阪の百瀬先生、名古屋の「山本楽器」の山本さん、
東京の雪下さんなど総勢10名で
シャルトル・アコルデォン・フェスティバル見学ツアーに出かけました。
パリに着いた翌日はモネの絵で有名なルーアンへ出かけ、
友達のラジオ・フランス・ノルマンディのアコルデオン番組のコメンテーター、
シルヴィー・フーケと土地のアコルデオ二スト、クロード・ルミールに
街の案内をたのみました。

<ルーアンの友人>

<ルーアンのプレス>
前回ジャンヌ・ダルクの生まれた土地オルレアンを尋ねましたが、
今回のルーアンはジャンヌ・ダルクが火炙りで処刑された場所、
そのすぐ前のレストランでランチしましたがあまり美味く無かったです。
モネが描いた大聖堂は流石に立派なゴシック建築でした。
翌日はいよいよ3em Rencontre europeenne de L'accordeonの見学で、
ここも青のステンドグラスで有名な大聖堂があるシャルトルです、
パリから電車で50分、着いたシャルトルの街角にはアコ・フェスティバルや
出演者のポスターが彼方此方に貼ってあり、
3日間のフェスティバル会期中街をあげてお祭の感じです。
初めて日本から10名も参観に来たと云うのでプレスの取材も有りました。

<オープニング・パーティ>
主催者のマダム・オゥシェはフェスティバル開幕パーティに私を招待してくれ、
トッププレーヤー達と交流が出来ました。
会場は街から少し離れた見本市会場の様な大きな建物、
入り口前の広場にはチケット売りの車と救急車が待機していました。
入り口を入ると両側にアコルデオン・メーカーの展示やアコルデオン雑誌・楽譜売り場など。

<メイン・ステージ>
メインステージは前が広いダンス・フロアー、まわりをテーブル席が囲んでいて飲食が出来ます、
観客はミュゼットのアコルデオンでフロアー一杯に踊ります。
夜中近くなってトリはバックバンドとダンサーを従えた大御所「アンドレ・ヴェルシュレンヌ」派手なパフォーマンスで大変な人気。
別の小会場では昼からアコルデオン・コンサート、クラシック・ソロや少人数のアンサンブル、パリに移住して間もないアルゼンチンの「ラウル・バルボーサ」も私が紹介して初出演で大受けていました。
同行の皆さんアコルデオン三昧、堪能した3日間でした。
因みに91年パレ・デ・コングレのプログラムです。

<91パレ・ デ ・コクグレ・ アコ・ フェスティバル >